つぶやき
2026年8月7日
【歴史コラム】岐阜のシンボル「岐阜城」の歴史と、私たちが感じたこと
皆さま、こんにちは! 粥川商店の広報、またの名を【リサイクル・レンジャー(自称)】です。
リニューアル工事に伴い、長期休館に入った岐阜のシンボル「岐阜城」。

お城に登れない日々が続いていますが、工事の様子を遠くから見上げながら「どんな風に生まれ変わるのかな」と完成を楽しみにされている方も多いのではないでしょうか。
実は、休館に入る直前のこと。
わが社にとって大変光栄なお手伝いをさせていただきました。
それは、「休館に向けた岐阜城周辺の環境整備」です!

現場で汗を流しながら、改めてこの場所が持つ「ものすごい歴史の重み」を肌で感じ、胸が熱くなりました。
そこで本日は作業内容……ではなく、「岐阜城」と「岐阜公園」にまつわる素晴らしい歴史ロマンを、皆さまにお届けしたいと思います!
■ 織田信長が「岐阜」と名付けた!
岐阜城といえば、やっぱり戦国時代の2大ヒーロー、斎藤道三と織田信長ですよね。
道三が築いた難攻不落の城を信長が攻め落とし、天下統一の拠点としたのは有名な話です。
実はそれまで、この山は「稲葉山(いなばやま)」と呼ばれていました。
それを信長が「金華山(きんかざん)」へと改名し、城の名前も「岐阜城」に改めたと言われています。
「ここから天下を狙うぞ!」という信長の熱いエネルギーが、今もこの山には満ちている気がします。
■ 麓の岐阜公園には、あの偉人の名言も…!
そして、お城の麓にある「岐阜公園」も歴史の大舞台です。
明治時代、この地を訪れた政治家・板垣退助が襲撃されるという事件が起きました。
その際、彼が叫んだとされるあまりにも有名な名言、 「板垣死すとも、自由は死せず」 の碑が、現在の岐阜公園内にひっそりと佇んでいます。
まさに、日本の歴史が大きく動いた中心地が、この金華山・岐阜公園一帯なんですね。
■ 歴史を未来へ繋ぐお手伝い
そんな偉人たちが駆け抜けた特別な場所で作業をさせていただいたことは、岐阜に根ざす企業として本当に誇らしく、身が引き締まる思いでした。
ちなみに……
無事に作業が完了した記念に、大の歴史好きである弊社の取締役は、達成感たっぷりの笑顔で「岐阜城の御城印」をゲットしていました!(笑)

岐阜城のリニューアルオープンは、**【令和9年11月予定】**とのことです!
さらなる魅力をまとって生まれ変わる姿に、今から期待が膨らみますね。
金華山が見守るこの岐阜の街で、私たち粥川商店も美しい環境を次世代へ繋ぐお手伝いができるよう、今日も元気に現場へ向かいます!
以上、現場からリサイクル・レンジャー(自称)がお届けしました!